【レビュー】映画・JOKER(ジョーカー)はブチギレ弱者を量産するか。

久しぶりに映画館で映画を見てきました。

映画料金も高くてなかなか見に行くハードルがありますよね。

そんな中“JOKER“が気になっていました。

JOKER
画像:https://www.cinemacafe.net/article/2019/10/21/64061.html

バッドマンシリーズでも抜群の存在感を放っていた、あのジョーカーの誕生秘話。

しかも、普通の人だったジョーカーがどのように悪に目覚めていくのか興味がありました。

 

そして数時間前に映画を見終わったのですが、結果は大満足でした。

 

是非皆さんにもおすすめしたい!

そんなわけで、映画レビューです。

こんな人に観て欲しい
  • 彼女ができなくて辛い
  • 仕事で認められず辛い
  • 社会から無視されている気がする
  • どんなに頑張っても報われない気がする
  • 人生って紙一重だよな、と思い始めた30代男性

みんなに観て欲しい!と言うのは簡単ですが、アメコミファンの人だけでなく私と同じような30代男性に是非観て欲しい映画でした。

あらすじ(ネタバレ少々あり)

説明の都合上、少しだけあらすじを書きます。

まだ観ていない人は飛ばした方がいいかも…?

 

 

 

いいですか?

 

 

 

書きますよ?

 

 

 

主人公はご存知ジョーカー。

ただし、まだこの時点では精神障害のある男性として本名で描かれています。

お母さんと小さなアパートで暮らし。

ピエロに扮して安い仕事を請け負っています。

度重なる暴力や裏切りにあい、徐々に心がむしばまれていきます。

そして、突然笑い出してしまう病気もあり、周囲にうまく溶け込むことができません。

不気味な笑いというよりは、ただ変な人、という感じです。

 

物語の中ではたびたびジョーカーを挫折や裏切りが襲います。

 

そして手渡される一丁の拳銃。

 

最初は意図せず、部屋でいじっている際に暴発をさせてしまいます。

その後拳銃を持ち歩くようになり、ついに最初の殺人を…

しかし罪の意識に苦しむことはなかったジョーカーは、ここで一線を超えたのかも知れません。

ついには母親を殺し、自分が尊敬し大好きだったTVの司会者も殺してしまいます。

開き直ったジョーカーはついに”JOKER”として生きていくことを決めます。

悪のヒーローJOKERに触発され、町は大混乱に…

JOKERが生まれた理由

ジョーカーは決して生まれついての極悪人ではありませんでした。

映画では、彼がいくつものターニングポイントを通過していることが描かれます。

  • あの時にこれがなければ
  • あの時にその人に会わなければ
  • あの時にこの偶然がなければ

ジョーカーは1日で生み出されるわけではなく、中年になるまで続いた“拒絶”が原因だとわかります。

親しいパートナーがおらず、仕事でも認められず、世間からも無視をされる存在。

そんな拒絶をされ続けた人があるきっかけでスイッチが入ってしまう。

“あぁ、これでいいんだ”

自分の道を見つけた、ついに本当の自分を見つけたと感じた人はその道を進みます。

怖いな、と思ったのはこれがJOKERだけの特別な体験ではないと思うことです。

 

社会のマイノリティーとして迫害されていた人が、あるきっかけによって社会に復讐をする。

宗教とテロなどはその一つの形かもしれませんが、原因ときっかけは社会に無数に落ちていると思います。

JOKERは社会への警告

私は犯罪をしたことはありませんが、犯罪への一線って意外と低い気がしました。

殺人事件の犯人の動機でよく馬鹿にされる“ムシャクシャしてやった”という理由。

 

けど現実は意外とそんなものなのかな、と思うようになりました。

 

非常に嫌なことを繰り返しされたわけでなくても、何かのきっかけで自分のリミットを超えてしまう、そんな瞬間があるのかもしれません。

恨みに恨んで殺す、というより、

肩がぶつかって謝られなかったから徹底的にやってやろうと思った。殺してもいいと思った。

という方が身近な動機なのかもしれません。

ここに共通する思いは“不当な扱い”“プライドの維持”だと思います。

人は誰でも自分が正しいと思い行動しています。

人が怒るときは、自分が正しいと信じていることを犯される時です。

不当に扱われたり、プライドを傷つけられる時、自分なりの正義を貫き自分の心を守ろうとします。

その方向の向き方によっては、自分を不当に扱った社会への仕返しが正義、ということもあり得ます。

格差社会と言われて久しい現代では、”底辺”と言われる人でも餓死するようなことはありません。

しかし、明日に希望を持てず、誰からも承認が得られず、拒絶の多い人生を歩むと“もういいや”と自暴自棄になるはずです。

横断歩道で車に恐怖を感じないのは、ドライバーを信じているからです。

レストランで毒殺に怯えないのは、レストランを信じているからです。

 

犯罪者は罰せられる。犯罪をすると損。

 

そんな前提を全く気にしない、どうせ生きていてもしょうがない。どうとでもなれ。という人が社会に増えた時どんな社会になるでしょうか。

 

ゲームでは悪役に徹してゲームを楽しむ人も多いと思います。

罰を気にしなくなった時、人って相当悪いことをすると思います。

 

映画の中ではジョーカーの行動によって暴動が起きましたが、現実社会でもそういったことが起きないと言えるでしょうか。

例えば

“#ブラック企業にはスプレーで落書きをしよう運動”

“#差別をされた私はこんな方法で復讐をした”

など、正義を装った悪意の発露をさせるような運動がTwitterなどで出ないとも限りません。

社会的な弱者をどう救済するか、ということは社会全体のために、ひいては自分のために真剣に考える必要があるテーマだと思います。

取り止めのない考察になってしまいましたが、是非スクリーンで観て欲しい大変面白い映画です。

最近映画館にいってないなぁ?という人は、是非これをきっかけにどうぞ!

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