悪化した親子関係の改善に効果あり / 反省させると犯罪者になりますレビュー

”反省させると犯罪者になります”

なんとも刺激的なタイトルがつけられている本書は、刑務所の受刑者の更生に関わっている筆者が経験から学んだ、普通の感覚とはちょっと違う人間の真実を解き明かした本です。

どうかタイトルで読むのを止めないでほしい。私と同じように自分を救える人がいるはずです。

こんな人に読んでほしい
  • 進学、就職、結婚で家族に溝が出来てしまった
  • 表面の家族仲は良いが、実は親子関係に確執がある
  • あなたが我慢をすることで”家族”を成り立たせている
  • 不良の家庭ではない、むしろ”良い家”のはずが亀裂が入ってしまった

後悔と反省の違い

犯罪者だけでなく、人生ではあらゆる場面で反省をすることが出てきます。そして、あなたがまだ子供、もっと言ってしまえば私と同じ子供がいない30代であれば、人に反省させた経験より、自分が反省した or 反省させられた経験が多いはずです。

反省は素晴らしい行為だと思います。自分の過去を振り返り、次に活かすことができるのは反省をするからです。でも、ちょっと待ってほしいのです。

あなたは反省の方法を学んだことがあるでしょうか?

本書はまずここを議論のキッカケにしています。

犯罪者に反省させるな──。「そんなバカな」と思うだろう。しかし、犯罪者に即時に「反省」を求めると、彼らは「世間向けの偽善」ばかりを身に付けてしまう。犯罪者を本当に反省に導くのならば、まずは「被害者の心情を考えさせない」「反省は求めない」「加害者の視点で考えさせる」方が、実はずっと効果的なのである。「厳罰主義」の視点では欠落している「不都合な真実」を、更生の現場の豊富な実例とともに語る。

一見矛盾を述べているような、”反省させると犯罪者になる”というポイントがここにあります。

本文で度々言及されている2つの反省があります。

代表的な反省方法
  1. 反省文
  2. 謝罪会見

これらを理解するための事例に、筆者の交通事故の告白があります。筆者は二回の交通事故を起こしており、どちらも筆者側に非があるものです。停車中の車にぶつけてしまったケースなどはがわかりやすいい例ですが、この時筆者はどう考えたでしょうか。

自分が100%悪い。相手は全く悪くない。自分が反省しなくては。

こう考えると思いますか?

皆さんなら、まず何を感じるでしょうか?

それは多分、後悔です。

後悔と反省は一見似た言葉ですが、後悔と反省は全く別の言葉です。

  • 後悔・・・自分本位で後ろ向きな考え
  • 反省・・・相手への思いも含む前向きな気持ち

後悔をしているとき、それはどこまでも自分のことを考えています。

  • あの時、こういう風にしていれば
  • あの時、あいつがこうしなければ
  • どうしてこんなことになってしまったのか
  • できることなら時間を戻してやり直したい

自動車の事故を起こしてしまった筆者は、100%自分が悪いにも関わらず、人間の心理としてすぐに100%相手のために反省は出来ないことを経験しています。自分が事故を起こしてしまった、間接的な要因を攻めてしまうのです。これが後悔です。

反省をするためには、しっかりと後悔と向き合う必要があるのです。

加害者だからといって、すぐに反省の弁を述べている人は心では反省を出来ていないのです。

間違った反省が人を歪める

間違ったら謝る。

間違ったら反省をする。

人として当たり前だと教えられているこうした躾が、実は人格を歪めていることがあります。

例えば、反省文が代表的です。

学校、会社、刑務所。人生のあらゆる場所で間違ったことをしたら反省文を提出させられます。しかし、反省文を書いた人は反省をしているでしょうか。皆さんも予想がつくと思いますが、実は反省をしていません。もっと言えば、自分の正直な気持ちより、どうしたら相手に評価されやすい文章になるかを重視してしまいます。

思い当たる人もいるのではないでしょうか。

親に怒られた子供時代。

怒られたので謝る。

その場を収めるために謝る。

あなたは良い子だから謝る。

こうして家庭、学校、会社、世間は罪に落とし前をつけて進んでいきます。

しかし、形だけの反省をさせることは、臭いものにフタをしているだけではないでしょうか?

筆者はこうした臭いものへのフタ=反省文だと指摘します。決して問題は解決されたわけではなく、問題行動を起こした原因、思いはあなたの中に残っているのです。

弱い人間だから覚せい剤に手を出してしまった

自分の弱さゆえ、覚醒剤に手を出してしまいました。申し訳ございません。反省しております。

こうした立派な反省文にもおかしなところがあります。まず、人間は皆弱いものです。しかし、覚醒剤に手を出してしまう人は、やはり何か原因があるのです。

孤立とヤケクソがセットになると人は犯罪を犯す。これが筆者の主張です。

では、覚せい剤の場合は何が孤立とヤケクソになるのでしょうか。

孤立

あなたは覚せい剤に手を出さざるを得ないほど孤立しているはずです。誰にも本当の自分を見せられず、それゆえ仮面をつけた生活をしているのではないでしょうか。素直な自分を無条件に受け入れてくれる存在(親の場合が多いですが)がいた場合、きっとあなたは覚醒剤の前に頼ることができたのではないでしょうか。

覚醒剤に手を出さないと癒やされない孤独や孤立。覚醒剤を使うことによる繋がり、受け入れ。こうした要因が覚せい剤へ引っ張っていくのです。

ヤケクソ

覚醒剤を使うと人生がどうなっていくのか。全く想像もつきませんでした、という人は少ないと思います。もし仮に、残りの自分の人生が輝いており、やりたいことがたくさんあった時、あなたは覚せい剤に手を出すでしょうか。大事な人生があるのであれば、きっと手を出さないと思います。

もう生きててもしょうがない、これ以上良くなることは無い、どうでもいい。そうした気持ちが覚せい剤を使う後押しをしているのです。

親子関係を改善させる方法

この記事を読んでいるあなたは、きっと犯罪者ではないでしょう。

もしかしたら、良い家庭、良い学校、良い会社という人生を歩んでいるのではないでしょうか。しかし、親子関係にはちょっとした問題がある。親からすると理想の家庭かもしれませんが、あなたが何か我慢をしているのではないでしょうか。

もしかしたら、既に”我慢”という感覚すら鈍くなってしまったのかもしれません。しかし、心の奥に溜まったわだかまりがあるのです。こうしたわだかまりは一生我慢できると思っていないでしょうか?確かに、そういう可能性もあります。しかし、わだかまりが消えることはありません。そしてわだかまりはあなたの心の一部になって残っていくのです。

私はまだ親と話していません。

しかし、この本を読むと自分と親との関係を振り返るチャンスになります。親子関係の改善本ではないですが、親子関係の本質本と言える本です。

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